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仕事観・哲学

AIを使いこなす人ほどAIの話をしない

AIを使いこなす人ほどAIの話をしない

最近、Xを見ていると不思議な投稿が目につきます。

「もう人間いらず、完全自動化しました」

「30分かかっていた作業が1分に」

「AIでこんなことまでできちゃう」

——あれって、何の自慢なんでしょうか。

僕は20年以上、音楽を教えてきました。その視点から見ると、AI自慢の投稿には、ある「教える側として見覚えのある違和感」があるんです。今日はその話をします。


ピアノで言えば「両手で弾けた!」と自慢している段階

考えてみてください。

ピアノを始めて3ヶ月の生徒さんが「両手で弾けるようになりました!」と喜んでいる。これは素敵なことです。本人にとって大きな一歩ですし、僕も一緒に喜びます。

でも、プロのピアニストが「私、両手で弾けます!」とSNSで自慢していたら、どう感じますか?

「いや、それは前提では…?」

そうなんです。両手で弾けることは「できて当たり前」のフェーズに入った瞬間、自慢の対象ではなくなる。プロが語るべきは「どんな曲を、どう表現したか」であって、「両手で弾けます」ではない。

AIも同じです。

「AIで自動化できました」「AIで時短しました」——これは、両手で弾けるようになった段階の話なんです。本人にとっては嬉しい一歩。でも、それを声高に発信し続けるのは、実はその先がまだ見えていないサインでもある。


技術が普及する3つのフェーズ

新しい技術が世の中に広がるとき、必ず3つのフェーズが順番にやってきます。

第1フェーズ:触ること自体が価値

物珍しさで人が集まる時期。「AIに絵を描かせてみた!」が話題になっていた頃です。

第2フェーズ:使えること自体が価値

まだ使えない人が多いから、使えるだけで差別化になる時期。今のAI自慢の投稿は、ほぼここです。

第3フェーズ:何を生み出したかが価値

使えるのが当たり前になり、道具の話ではなく成果の話になる時期。

音楽で言えば、楽器が手に入った第1フェーズ、コードが弾けるようになった第2フェーズ、そして「あなたにしか作れない音楽」を生み出す第3フェーズ。

ジャズの巨匠は「テンションコード使えます!」とは言いません。ただテンションコードを使って、心を揺さぶるフレーズを弾くだけです。


「コードを知っている」と「曲を魅力的にできる」は違う

僕が生徒さんによく言うことがあります。

「コードを覚えるのは大事。でも、覚えただけでは何も生まれない」

II-V-Iを知っている人と、II-V-Iを使って美しい曲を弾ける人は、見た目は似ていても全く別物です。前者は知識の段階、後者は表現の段階にいる。

AIもまったく同じ構造です。

「AI使えます」という人と「AIを使って、誰かの困りごとを解決した」という人。前者は道具を持っているだけ、後者は価値を生み出している。

そして面白いことに、本当に使いこなしている人ほど、AIそのものの話をしなくなるんです。話の中心が「何を作ったか」「誰の役に立ったか」に移っていくから。


道具を語るな、成果を語れ

僕も最近、音楽教育のためのアプリを一つ作りました。生徒さんが必要としているのに、世の中にちょうどいいサービスがなかったから、自分で作ったんです。

このとき、「AIでアプリ作れました!」とは言いたくなかった。だって、大事なのはAIを使ったことじゃなくて、生徒さんの困りごとが解決されたことだから。

道具を語ってしまうと、本当に届けたい価値がぼやけます。電子レンジで温めた弁当を高齢者に届けるサービスの本質は「温かい食事が届くこと」であって、「電子レンジを使ったこと」ではない。

AIで時短できた時間を、何に使ったか。

AIで作ったものは、誰の何を変えたか。

その先まで語れるようになったとき、僕たちは本当の意味でAIを使いこなしていると言えるんだと思います。


最後に

両手で弾けるようになった生徒さんに、僕はいつもこう言います。

「おめでとう。じゃあ、ここからが本番だね」

両手で弾けることはゴールじゃなくて、スタート地点。AIも同じです。使えるようになったところから、本当の表現が始まる。

道具を語るフェーズを、そろそろ卒業しませんか。


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