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7件の記事

アプリを作ったら、書ける言葉が増えた
便利のために作ったアプリが、結果として「思想を置く場所」になったという体験論。動画では「やって見せる」ことはできても、「考えていることの言語化」は難しい。アルゴリズムを気にしない「自前の場所」ができた瞬間、書きたかった言葉が一気に出てきた——便利の予定調鋭だったものが、思想を育てる場所に変わったという話。

3回試して失敗したら、形を疑う
3回試して上手くいかない時、自分を責める前に形を疑う。楽譜通りに弾けないフレーズも、コード進行さえ合えば代替できる。「楽譜通り」は形であり目的ではない。形を守ることが本質を裏切る瞬間がある——20年以上・1000人を超える指導経験から見えてきた、軌道修正という姿勢についての考察。

ブログを書き始めたら、好きな作詞家の言葉が鳴り響いた
AIとのチャットは便利だが、思考が自分の中で熟す前に先に進んでしまうという違和感がある。ブログを書こうとすると、推敷という遅さが脳を「探す」モードに切り替える。そして長い間見えていなかった言葉たちが鮮やかに鳴り出した。遅さはブレーキではなく、脳が本当の仕事をするためのスペースだった、という体験論。

サルティーナという言葉と、「道具一つで人生を切り開く」ということ
イタリアの作家ビアンカ・ピッツォルノの「ミシンの見る夢」を読み進めている途中で考えたこと。「サルティーナ(小さな仕立て屋)」という言葉の豊かさ、「ミシン一つで人生を切り開く」という構造が、楽器だけでDirectline Studioを始めた自分の人生と重なった。手仕事を持つ人の強さ、「見る人」の姿、消えていく仕事を記録することの意味を、音楽教育者の視点から読み解いた記事。

ブログを始めて気づいた、メディアごとの「思考フォーマット」
動画とブログは、同じジャンルに見えて使う脳の筋肉が違う。音楽で言えば「演奏・作曲・教える」がそれぞれ独立した能力であるのと同じように、動画は「演出脳」、ブログは「設計脳」を使う。Claudeにも「どのフォーマットで」と伝えるだけで、出るものが変わる。「動画にするほどじゃない思考」にも受け皿ができた、という体験論。

音楽家の直感は正しかった—プリンストン大学が証明した「手書きの優位性」
翻訳された認知科学論文と、翻訳される前日に書いたメモが一致した話。タイピングの「速さ」が脳の「考える」プロセスをスキップさせるというプリンストン大学の研究(2014)は、耳コピ・暗譜・譜読みが「最強の学習法」であることを証明していた。効率の悪さこそが学びを生む、という位置づけの記事。

AIを使いこなす人ほどAIの話をしない
AI時短自慢の投稿に感じる違和感を、音楽教育の視点から解きほぐす。「両手で弾けた!」と自慢するピアノ初心者と、AIで時短できたと自慢する人は同じフェーズにいる。技術普及の3フェーズ理論と「コードを知っている人と曲を魅力的にできる人の違い」を重ねて、道具ではなく成果を語る人になろうという話。