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音楽教育論

音楽家の直感は正しかった—プリンストン大学が証明した「手書きの優位性」

2日前、スマホをスクロールしながら、こんなメモを書きました。

「僕は音楽作品を作る人間として、SNSの情報が沢山出てきて、見てもすぐにスワイプして次の情報を流し見する事に気持ち悪さを覚える。1つのアイデアが湧いたら形にして振り返る、この流れをワークフローでやらないと未消化が溜まって気持ち悪さを覚える」

ちょっとしたつぶやきでした。でも、その翌日、認知科学の論文に出会って、息が止まりました。

僕が感覚で書いていたことが、そのまま科学に裏付けられていたのです。


プリンストン大学の驚くべき研究

2014年、プリンストン大学とUCLAの研究者が、ある実験をしました。

学生たちに同じTEDトークを見せて、半分はノートPCで、半分は手書きでメモを取らせる。その後、内容理解テストを実施。

結果は明確でした。

手書き組の方が、概念理解スコアが高かった。

それも、ノートPC組は1週間後の記憶テストでも負けた。

面白いのは、PC組の方が「たくさんメモを書いていた」という事実。つまり、量は多いのに理解は浅い。

論文の中に、こんな一文があります。

The more you wrote down, the less you understood.
(多く書き写した人ほど、理解が浅かった)

どうしてこんなことが起きるのか。答えは「遅さ」にありました。


「遅さ」が脳を働かせる

タイピングは逐語をそのまま記録できるぐらい速い。だから脳は「考える」プロセスをスキップして、ただ「写す」だけの作業になる。

一方、手書きは遅い。全部は書き取れない。だからリアルタイムで「何が重要か」を判断し、自分の言葉で再構築しながら書くことになる。

この「遅さによる強制的な脳の働き」を、認知科学では生成効果(generation effect)と呼びます。記憶を深く定着させるための鍵は、効率の悪さそのものだったんです。

この話、どこかで聞いたことがありませんか?


耳コピをしたことがある人なら、もう知っている

耳コピをやるとき、僕たちは何をしていますか。

音源を聞く、止める、弾いてみる、違う、もう一度聞く、探る——この繰り返し。

もしAIが1秒で「この曲のコード進行はこれです」と教えてくれたら、よっぽど楽ですよね。でも、それで身につきますか?

つきません。

耳コピが最強の学習法である理由はまさに、この「効率の悪さ」にあります。考えて、違えて、修正して——その遅さと試行錯誤が、音源を身体化させるんです。

暗譜も同じです。楽譜を見ずに思い出すという行為は、まさに研究で言う「再構築・想起プロセス」そのもの。

譜読みも同じです。一音ずつ追うことで、和声進行の論理が脳に染み込んでいく。

音楽家が何百年も前から続けてきた練習プロセスは、実は認知科学が「2014年」にようやく証明した「最適な学習システム」そのものだったわけです。


SNSの「気持ち悪さ」の正体

さて、ここで最初の話に戻ります。

僕がSNSで感じていた「気持ち悪さ」は、タイピングでメモを取る学生と同じ状態だったんです。

スワイプの速さが、「消化」をスキップさせている。脳がその情報を「何か」にしようとする前に、次の情報が流れてくる。

その不快感は、気のせいじゃなかった。

脳が「深く処理したい」と訴えていたサインだったんです。


だから、遅くていい

思うんです。

今世の中は「高速化」と「効率化」を誇りますけど、本当に身につくものは、いつだって遅いところから生まれるんですよね。

耳コピも、暗譜も、譜読みも、ちょっと不便な道具でメモを取ることも、SNSをスワイプせずに一つのアイデアをじっくり振り返ることも、全部同じです。

遅さを恐れず、丁寧に言葉を選んで積み上げていく。

それが「心」を持ったまま生きていくコツだと、今も思っています。

音楽家の直感は、ずっと正しかったんです。


参考文献: Mueller, P. A., & Oppenheimer, D. M. (2014). "The Pen Is Mightier Than the Keyboard: Advantages of Longhand Over Laptop Note Taking." Psychological Science, 25(6), 1159–1168.