Rock Legends
Episode 16

グラム・ロック

T・レックス、モット・ザ・フープル、スウィート

グラムパンク

ロックの歴史を辿るドキュメンタリー・シリーズ番組。今回は「T・レックス」「モット・ザ・フープル」「スウィート」等のグラム・ロックを特集。

グラムロック(glam rock)は、主にイギリスで1970年代前半に流行した、ロックのジャンル。由来は、魅惑的であることを意味する英語の"glamorous"から来ている。日本のロック・ミュージシャンや歌謡曲の歌手にも影響を与えた。

概要[編集]

グラム・ロックの音楽家は、男性でも女性のような濃いメイクを施したり、煌びやかなファッション、SF映画や小説をモデルにしたような、懐古趣味的な衣装をまとうこともあった。

1970年代前半には、ラウドなハードロックや、演奏技術や長尺曲が特徴だったプログレッシブ・ロックが流行していた。それらとは異なった中性的なファッションやメイク、グルーブ感あふれるビートや、ポップなメロディーを演奏していたのがグラムロックのミュージシャンたちだった。グラム・ロックは70年代後半のパンク・ロックの一部にも影響を与えることになる。また、Tレックス、モット・ザ・フープル[1]やロキシー・ミュージックのヒット曲のように、サックスリフを刻む楽曲もグラム・ロックの一部に見られた。

グラム・ロックは、音楽性よりもルックスやステージングなどの面で区別されることが多かった。Tレックス[2]やゲイリー・グリッターはブギー[3]、デヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックはアート系、スレイドやスウィートはハードなポップ・ロックといったように、サウンドや楽曲、音楽的志向などはかなり異なり、共通点はあまり見られない。

詳細・歴史[編集]

マーク・ボランとTレックス[4]デヴィッド・ボウイ[5]ロキシー・ミュージックモット・ザ・フープルが英国における代表的なアーティストである。日本でもグラムロックは人気があり、「オールジャパン・ポップ20」(文化放送)のようなラジオ番組のチャートを賑わせていた。マーク・ボランは、グラムロックの盛衰と自身の音楽活動の波が重なるように、グラム・ロックの衰退期の1977年、交通事故により29歳で死亡した[6]デヴィッド・ボウイはグラムロック衰退以降も音楽活動を継続した。また、彼は映画『地球に落ちて来た男』(1976年)にも出演した。ボウイはモット・ザ・フープルの「すべての若き野郎ども」(1972年)を作曲している。ボウイがジギー・スターダストというキャラクターを作った際には、スタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』や『2001年宇宙の旅』をモデルにした。また、ボウイはこの頃、ザ・ストゥージズの『ロウ・パワー』やルー・リードの『トランスフォーマー』などのプロデュースも担当した。他にも、スウィートスレイドシルヴァーヘッドホークウインド、ジョーディーなどがグラムロック系のバンドとされている。1973年のオイル・ショックやその後の不況、ロック・ファンの世代交代などが重なり、グラム・ロックのブームは1975年ごろには終焉を迎えた。その後、1970年代後半のパンク/ニュー・ウェイヴが勃興することとなる。時代背景としては、それまでのヒッピーウッドストックなどに代表される自然回帰運動への反動として、「人工的なもの」への志向が生じたのではないかとする説もある。ポップ・アートのアンディ・ウォーホール[7]の「Pork」という映画・舞台がグラム発生に影響を与えたという説もある。ウォーホールは異性装(トランスヴェスチズム)を好んでおり、またアンディ・ウォーホルの映画に数多く出演していたイーディ・セジウィックも中性的なイメージを持っていた。また、1960年代後半のロンドンのアンダーグランド・シーンの影響も見られる。UFOクラブなどのナイトクラブ、ライブハウスでの演奏を通じて、メジャー・シーンへと進出を果たしたアーティストも多い。シド・バレット[8]ピンク・フロイドは、デヴィッド・ボウイマーク・ボランに影響を与えた。グラム・ファッションの影響を受けたローリング・ストーンズも、当時は濃いメイクをしていた。ヴィジュアル面では、グラム・ロックが80年代前半に起こったニューロマンティックや、後の日本のヴィジュアル系の先駆けとなったという見方もある。音楽的にはクラッシュのミック・ジョーンズがモット・ザ・フープルの追っかけであったことが良い例だが、パンク・ロックの一部への影響が見られる。なお、ヘヴィメタルのAC/DCのボーカリスト、ブライアン・ジョンソンは、かつてイギリスのグラムロック・バンド、ジョーディ(Geordie)に所属していた。アメリカにおいて、グラムロックでの商業的な成功を収めたのはアリス・クーパーであった。さらに、1973年にはニューヨーク・ドールズがデビューし、ルー・リードイギー・ポップなどもグラムロックに影響されたステージを見せた。他には、ラモーンズのメンバーがTレックスやスレイドを愛聴していることを、少年ナイフによるインタビューで答えたことがある[9]

日本への影響[編集]

国内では、1970年代半ば以降の沢田研二[10]忌野清志郎[11]らがいた。また1980年代前半には、土屋昌巳一風堂[12]が登場した。しかし、いずれも「グラム・ロック」とは呼ばれず、1990年代の「ヴィジュアル系」バンドの登場によって、初めてジャンルとしてカテゴライズされるようになる。1980年代以降のミュージシャンでグラマラスなメイクをしていたのは、安全地帯マルコシアス・バンプTHE YELLOW MONKEYROLLY率いるすかんちX JAPAN毛皮のマリーズなどがいた。

なお、毎年マーク・ボランの命日である9月16日に「マーク・ボラン追悼~グラムロックイースター」というイベントが行われる。常連参加者には、頭脳警察にいたPANTAのほか、ROLLY、マルコシアス・バンプの旧メンバーなどがいる。

代表曲[編集]

グラムロック・アーティスト[編集]

このページは「グラム・ロック」というロックの一ジャンルについて解説しています。主な内容は以下の通りです:

  • 概要:グラムロックは1970年代前半にイギリスで流行したロックのジャンルで、"glamorous"(魅惑的)が語源です。男性アーティストが女性のような濃いメイクや煌びやかな衣装を身につけるのが特徴でした。
  • 音楽的特徴:ハードロックやプログレッシブ・ロックとは異なり、中性的なファッション、グルーブ感のあるビートやポップなメロディが特徴でした。サウンドはアーティストによって様々で、T・レックスやゲイリー・グリッターはブギー風、デヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックはアート系、スレイドやスウィートはハードなポップ・ロックと多様でした。
  • 代表的アーティスト:マーク・ボランとT・レックス、デヴィッド・ボウイ、ロキシー・ミュージック、モット・ザ・フープル、スウィート、スレイド、アリス・クーパーなどが挙げられます。
  • 影響と歴史:アンディ・ウォーホールの影響や60年代後半のロンドンのアンダーグラウンド・シーンの影響を受け、後のパンクロック、80年代のニューロマンティック、日本のヴィジュアル系に影響を与えました。グラムロックは1975年頃に終焉を迎えました。
  • 日本への影響:沢田研二、忌野清志郎、土屋昌巳などが影響を受け、後の安全地帯やX JAPANなどのヴィジュアル系バンドにもつながっています。
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