History
Artist Story #10

The Harmonious Journey of Crosby, Stills, Nash & Young

CSNY

ドキュメンタリー概要

4人の出会い デヴィッド・クロスビー(ザ・バーズ)、スティーヴン・スティルス(バッファロー・スプリングフィールド)、グラム・ナッシュ(ホリーズ)の3人が1968年ジョーニ・ミッチェルのパーティで偶然ハーモニーを合わせ、その化学反応に衝撃を受けて結成。名前をアルファベット順にしたのは「誰も主導権を持てないように」という民主的な理由から。ニール・ヤングはスティルスの旧友として後から加入し、ソロ活動継続と全メンバーの名義での活動を条件に参加。

ウッドストックから頂点へ 結成2回目のライブがウッドストック・フェスティバル。デビューアルバムは4倍プラチナ認定。「Deja Vu」はナンバーワンを記録し7倍プラチナ、800万枚超を売り上げた。フォークとカントリーロックを融合した柔らかなハーモニーが、当時のロック全盛期に「新しい理想」として世界中を席巻した。

ケント州立大学事件とOhio(1970) ニクソン政権のカンボジア爆撃に抗議する学生に州兵が発砲したケント州立大学虐殺事件。ニール・ヤングはその夜のうちに「Ohio」を書き、バンドは即座に録音してシングルリリース。自分たちの曲をチャートから追い落とすほどのヒットとなった。

確執と分裂の歴史 スティルスとヤングの対立は伝説的で、ヤングはツアー中に電報1本で「自然に始まったものは自然に終わる、ピーチを食え ニール」と送って脱退。クロスビーのコカイン依存と銃器所持による逮捕、メンバー間の絶え間ない派閥争いが常に影を落とした。

再結集と政治活動 2006年にニール・ヤングがイラク戦争批判アルバム「Living With War」を発表し全員が集結。「自由の言論」ツアーでは死の脅迫や観客のブーイングを受けながらも、共通の反戦理念が4人を再び結びつけた。ロックの殿堂に全メンバーが2回ずつ殿堂入りした唯一のバンド(ヤングはCSNYとしては殿堂入りなし)。

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