History
Artist Story #16

The Evolution and Impact of Janet Jackson

Janet Jackson

ドキュメンタリー概要

ジャクソン家の末っ子から自立へ 1966年インディアナ州ゲーリー生まれ、10人兄弟の末っ子。7歳でラスベガスのジャクソンファミリーショーに出演し、子役としてグッドタイムス、ディファレント・ストローク、フェイムに出演。父親のジョセフ・ジャクソンの管理のもとA&Mと契約するも、最初の2枚のバブルガムポップアルバムは商業的に不振。

「Control」で自立宣言(1986) 父との縁を切り、ジャム&ルイスとともに自分の音楽を作ることを決断。ヒップホップ・ファンク・R&Bを融合した「Control」は5つのトップ5シングルを生み出し、ビルボード6冠・グラミー3ノミネート。「When I Think of You」が全米1位——マイケルと並んでジャクソン兄妹が揃ってソロ全米1位を達成した史上初(おそらく唯一)のきょうだいに。

「Rhythm Nation 1814」(1989) アメリカ国歌が書かれた1814年をタイトルに冠した社会派アルバム。史上初の「3年連続で異なる曲が1位を獲得」したアルバム、史上最成功のデビューツアーを記録。軍服スタイルのモノクロMVが伝説的アイコンに。

最高額契約と世界的スターへ 1991年に当時の音楽業界史上最高額の契約(推定3200〜5000万ドル)でヴァージン・レコードと契約し、業界最高収入アーティストに。セルフタイトル「janet.」が全世界2000万枚突破。マイケルとの「Scream」は制作費700万ドルで当時史上最高額のMV、グラミー受賞。続くヴァージンとの再契約は8000万ドルでマイケル・マドンナの6000万ドルを上回った。

スーパーボウル事件と晩年 2004年スーパーボウルのハーフタイムショーでジャスティン・ティンバーレイクとのパフォーマンス中に「衣装トラブル」が発生。1億4000万人が視聴しギネス記録となった検索数を叩き出したが、メディアブラックリストにより大きなダメージを受けた。2015年「Unbreakable」が全米1位となり7枚目のナンバーワンアルバムを達成。ロックの殿堂入り。通算1億6000万枚以上のレコード売上を誇る。

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