The Journey of Chicago
Chicago
ドキュメンタリー概要
ホーン付きロックバンドの誕生 1967年シカゴのデポール大学で「ザ・ビッグ・シング」として結成。ビートルズの「リボルバー」でのブラスアレンジに触発され、「ホーンセクションが主役のロックバンド」というコンセプトを確立。マネージャーのジェームス・ガルシオが「シカゴ・トランジット・オーソリティ」に改名し、LAへ移送してコロンビア・レコードと契約。
デビューから5枚連続プラチナ(1969〜74) デビュー作は当初シングルヒットがなかったにもかかわらずトップ20入り。地元の交通機関「シカゴ・トランジット・オーソリティ」から商標権侵害を申し立てられ「シカゴ」に改名。「25 or 6 to 4」「Make Me Smile」などのヒットを生み出し、ロック史上初のカーネギーホール週間公演を達成。アルバム5作連続でナンバーワンを記録。
バラードへの転換と「If You Leave Me Now」 ピーター・セテラの台頭により、硬派なジャズロックからイージーリスニング・バラードへ軸足が移り始めた。「If You Leave Me Now」が全米1位となったが、当のメンバーたちは「私たちのことを全世界が誤解した」と複雑な心境を明かした。
テリー・カスの死とデヴィッド・フォスター時代 1978年、ギタリストのテリー・カスが銃の暴発事故で即死。バンドは解散を考えたが存続を選択。1982年に新プロデューサーのデヴィッド・フォスターとともに「Hard to Say I'm Sorry」「You're the Inspiration」が大ヒット。ウェディングソング定番バンドとしての地位を確立するが、これがセテラのソロ独立への布石となった。
遺産 通算1億枚以上のアルバム売上と47枚のアルバムリリース。「Look Away」(1988)が自身最大のヒットシングルに。2016年ロックの殿堂入り。ジャズ・クラシック・ロックを融合したブラスロックの先駆者として音楽史に刻まれる。