Little Richard
Little Richard
ドキュメンタリー概要
ロックンロールの建築家 1932年ジョージア州メーコン生まれ、本名リチャード・ウェイン・ペニマン。12人兄弟の3番目で、片足が少し長く生まれついた。教会でピアノと歌を習い、13歳で父親に家を追い出される(性的倒錯のサインが原因)。白人家族に引き取られクラブで才能を磨き、シスター・ロゼッタ・サープのコンサートで即興出演し報酬を受け取った。ヴォードヴィルの旅回り一座やチットリン・サーキットで芸を磨き、ドラァグパフォーマンスもこの頃から。
「Tutti Frutti」と黄金期(1955〜57) スペシャルティ・レコードとのレコーディングセッションが行き詰まった休憩中に「Tutti Frutti」を即興で演奏——性的示唆を含む歌詞をクリーンアップして即発売、全米17位のヒット。「Long Tall Sally」「Rip It Up」「Lucille」と立て続けに大ヒット。黒人と白人が入り混じった観客を熱狂させた。映画「Don't Knock the Rock」にも出演。
信仰と引退、ビートルズとの縁 1957年、飛行機のエンジン炎上と空に「赤い流星」(実はスプートニク1号)を見て「神のサイン」と確信しロックンロールを引退しゴスペル歌手へ転身。しかし英国ツアーでゴスペルを演奏したところ不評、「Long Tall Sally」を歌った瞬間に大喝采を浴びてロック復帰。ブライアン・エプスタインの説得でビートルズの前座公演を実現。ポール・マッカートニーにボーカルの技を直接指導し、後の「ビートルズ世代」全体への影響を与えた。
ジミ・ヘンドリクスとの邂逅 1964年、まだモーリス・ジェームス名義だったジミ・ヘンドリクスがアップセッターズに加入。二人の超強烈なエゴが衝突し、ヘンドリクスは解雇された。
遺産 1986年にロックの殿堂が開設した最初の年に、筆頭で殿堂入り。「ロックンロールの建築家」として、エルヴィス・プレスリー、ビートルズ、ローリング・ストーンズからプリンスまで、あらゆるロックアーティストへの影響は計り知れない。