History
Artist Story #02

The Inspiring Journey of Tina Turner

Tina Turner

ドキュメンタリー概要

困難な幼少期 本名アンナ・メイ・バロック、テネシー州ナットブッシュ生まれ。両親の離婚、母親の不在という厳しい環境で育つ。教会の聖歌隊で歌い、ゴスペルやブルースに親しみながら音楽の道へ。

アイク・ターナーとの出会い(1958〜) セントルイスのナイトクラブでバンドリーダーのアイク・ターナーに見出される。男性歌手の代役として録音した「A Fool in Love」がBillboard Hot 100入りし、「Tina Turner」の名でデビュー。名前はアイクが「いつでも別の人間に替えられる」よう意図してつけたもの。

国際的な成功(1960〜70年代) フィル・スペクター プロデュースの「River Deep Mountain High」が英国3位の大ヒット。ローリング・ストーンズの北米ツアーで前座を務め知名度向上。1971年、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの「Proud Mary」のカバーがグラミー受賞。1973年には自伝的楽曲「Nutbush City Limits」を自ら作詞作曲。

アイクからの脱出(1976) アイクの暴力と薬物依存が悪化する中、1976年のツアー中に僅かなコインとクレジットカード1枚を持って脱出。離婚後は多額の借金と税金を抱え、ラスベガスの小さな会場を回る苦しい時期が続く。

奇跡のカムバック(1983〜) 英国のプロダクションチームBEFとのコラボでアル・グリーンの「Let's Stay Together」をカバーし復活の足がかりに。1984年のアルバム「Private Dancer」が世界2000万枚の大ヒット、グラミー4冠。「What's Love Got to Do with It」は彼女の最大のヒット曲となった。

伝説的な活躍 マッドマックス映画出演、ブラジルのマラカナン・スタジアムで18万4千人のギネス記録、自伝「I, Tina」のベストセラーなど多方面で活躍。ビヨンセ、ホイットニー・ヒューストンらへの影響は計り知れない。黒人女性ロック歌手として人種・性別の壁を超えた真のパイオニア。

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