The Life and Legacy of Marvin Gaye
Marvin Gaye
ドキュメンタリー概要
厳格な父と教会 1939年ワシントンDC生まれ。父マービン・シニアはヘブライ系ペンテコステ派の牧師で聖書に忠実な厳格な人物。幼少期から10代まで激しい暴力を受け続けた。教会の聖歌隊でドゥーワップグループを結成し、空軍に入隊するも精神病を装って除隊。ボ・ディドリーに見出され、ハーヴィー・フクアのムーングロウズを経てデトロイトへ。
モータウンとの関係(1961〜) バリー・ゴーディーの妹アンナ・ゴーディーと結婚。チャームスクールへの参加を拒否しながらもその魅力でモータウン全員に愛された。「Stubborn Kind of Fellow」でデビューし、「I Heard It Through the Grapevine」が全米1位・400万枚を売り上げる大ヒット。ゴーディーが当初リリースを渋っていた楽曲が、アルバム収録後にラジオDJが勝手にかけ続けて強制リリースへ。
タミー・テレルの死と転換点 デュエット相手のタミー・テレルがステージ上で倒れ悪性脳腫瘍が判明。1970年の死が彼を深く傷つけ、レコーディングもライブも止まった。この苦しみがベトナム反戦・警察暴力への怒りと結びつき「What's Going On」の構想へ。ゴーディーに「政治的すぎる」と拒否されるが、「この曲が出るまで他は録音しない」と対抗し、完全なクリエイティブコントロールを勝ち取った。
「What's Going On」と「Let's Get It On」 10日間で録音したコンセプトアルバム「What's Going On」がソウルミュージックを革命的に変えた。続く「Let's Get It On」でセックスシンボルとしての地位も確立、300万枚超。「Got to Give It Up」「Sexual Healing」と晩年まで全米1位を記録。
悲劇的な最期 コカイン依存・IRS未納税・離婚慰謝料問題でハワイや英国へ逃避。ベルギーで立ち直りかけ「Sexual Healing」を書き上げてグラミー受賞。しかし1984年4月1日——45歳の誕生日前日——父親と激しい口論の末に父に銃で撃たれ死亡。父は後に脳腫瘍が発見され、禁固6年執行猶予を受けた。