Artist Story #26
The Legacy of Jim Morrison
The Doors
ドキュメンタリー概要
詩人であり、ロックスターであり、呪われた魂 バージニア州生まれ、軍人の父を持つ。ヴェニスビーチでビーチに寝泊まりしながら詩を書く生活を送り、1965年にレイ・マンザレクと偶然の再会からザ・ドアーズを結成。モリスンはランボーやカミュを愛読し、自身を詩人として捉え、ロックはより稼げる詩の発表手段だと見ていた。
爆発的な成功(1967〜) 「Light My Fire」がビートルズを阻んで全米1位。エド・サリバンショーで歌詞変更を拒否し放送禁止に——「もうやったのに何でまたやる必要がある?」と言い放った。社会不安・ベトナム・公民権運動を背景に、ザ・ドアーズは時代の声となった。6枚のアルバムで全米最大のロックバンドに。
転落と問題 1969年マイアミ公演で泥酔し観客を煽り「わいせつ行為」で起訴。5万ドルの保釈金で自由の身になるも有罪判決。アルコール依存は深刻化し、ライブのパフォーマンスは不安定に。
パリへの逃避と死 1971年3月、有罪判決を前に恋人のパメラ・コーソンとパリへ。詩人として再生しようとしたが酒を断てなかった。7月2日深夜、バスタブで死亡。27歳。死亡診断書のサインはいまだ謎で、遺体を見たのはパメラと友人だけ。ペール・ラシェーズ墓地に埋葬され、今も若者たちが花と酒瓶を手向けに訪れる。
遺産 イギー・ポップ、エコー&ザ・バニーメン、パール・ジャムのエディ・ヴェダーらが直接の影響を語る。「27クラブ」の一員として、若く美しいまま永遠に生き続ける伝説のアイコン。