The Evolution of Elvis Costello
Elvis Costello
ドキュメンタリー概要
音楽的ルーツ 本名デクラン・パトリック・マクマナス、1954年ロンドン・パディントン生まれ。祖父は客船の演奏家、父はジョー・ロス楽団のシンガー。あのR・ホワイトレモネードのCMソングは父親の作で、幼少期のコステロがバックコーラスを担当。ジョーニ・ミッチェル、フェアポート・コンベンションなどフォークロックを愛聴した。
デビューと怒れる若者(1977〜) スティフ・レコードとの契約でデクランをエルヴィス・コステロに改名(エルヴィス・プレスリー+父親の芸名コステロ)。24時間で録音した「My Aim Is True」がローリング・ストーン誌の年間ベストに選出。コロンビア・レコードの重役会議の前で逮捕されるほどのゲリラ活動で、逆に全米デビューの契機に。
SNLでの伝説的反乱(1978) 「Radio Radio」の演奏を禁じられたSNLで、演奏開始直後に曲を強制変更してその禁止曲を披露。出演禁止になるも、アメリカのファンを一気につかんだ。
名盤の連発 「This Year's Model」「Armed Forces」と傑作を連発。「Oliver's Army」は北アイルランド問題を扱った楽曲で全英2位。「Get Happy!!」で突然R&B・ソウル路線に転換し、ローリング・ストーン誌1980年代ベストアルバム2位。「Almost Blue」ではカントリースタンダードをカバーし、誰もが驚いた。
多彩なコラボと晩年 ポール・マッカートニー、スクイーズのグレン・ティルブルック、バート・バカラックら幅広いミュージシャンと共演。ポーグスを制作しベーシストのケイト・オリオンと結婚(後に離婚)。BAFTAを受賞したTV音楽や、ブロツキー四重奏団との古典音楽も手がける。現在の妻はジャズシンガーのダイアナ・クラール。ひとつのジャンルに固執しない姿勢が、後進のミュージシャンへの最大の遺産とされる。